戻る

二の丸

 三の門から右手を直進して 突き当たりを右折し、右側の階段を昇ったところです。

白鶴城
  大井光忠が鍋蓋城を築き、その支城(白鶴城)を築
  きました。
  それが ここ二の丸のようです。

徳川秀忠さんも泊まった!
  1600年。関ヶ原合戦の為西進した徳川秀忠が
  ここに旅泊しました(7月18日〜8月3日)。
  滞在中上田城攻めをしましたが、手間取り、合戦
  に間に合わず、家康から大目玉をくらったのは有
  名な話です。

  二の丸は本来ならば、本丸への最後の防御地点
  だったんですが、天下太平になったあとは迎賓館
  的な存在だったようです。

信豊さんの悲運
  武田勝頼が自刃し、武田が滅びた時(1582年)、信
  玄の弟(信繁)の子 信豊は小諸城に逃げ込んだ。
  これを迎えた 下曾根覚雲は時勢を読み、信豊の
  首をとって織田氏の褒賞にあずかろうと考えました。
  そこで一行を二の丸へ案内して、火をかけ首を取っ
  てしまいました。

  この後、小諸城は森長可に渡されましたが、彼は
  森蘭丸の兄です。

梅ヶ岡

  藩の書籍庫だったこの地を、明治24年頃これを廃し
  梅樹を植えて梅ヶ岡と言っていた時期もあるそうです。

 

パノラマ写真をご覧になるためには、Apple QuickTimeが必要です。下のバナーをクリックして最新のプレーヤーをインストールして下さい。
クイックタイムプレーヤーのインストール

戻る